塾に行っている、家庭教師をたのんでいる、通信教材をやっている、 それでも成績が上がらない。何故だろう その3。
こんにちは、石嶌之広です。
私が住んでいるところは教室のある街から信号の無い道を車で30分。
トンネル2つ、山3つ越えたところです。
お茶と竹の子の産地です。その他、四季折々のおいしい野菜が楽しめます。
では勉強のお話です。
前回は、実際にあったA君とB子さんの出来事を紹介し内発的動機を育み行動につなげる
「きっかけ」というお話をしました。
まだお読みになっていない方は、バックナンバーブログで10月29日配信文から
ご覧ください。
https://1singaku.com/backnumber251029.html
今回は、この二人に起きたよく似たきっかけについてお話します。
A君とB子さんが経験した「きっかけ」のお話の前に、少し説明をします。
説明は二つあります。それに加えて、もうひとつ説明をします。
一つ目の説明。
A君とB子さんは、その出来事の前にも、まったく勉強をしていなかったわけではありません。
少しはやっていました。でもお母さんからみて「やっている」というようには見えない状況です。
お母さんが「少しはやんなさいよ」といえば、「少しはやってるよ」という感じです。
やってはいても、やらされて塾でチョコとやるけど、家ではやらない、部屋を覗くとゲームを
していたり、寝ていたり。勉強をやっている姿はほとんど見えない。
やらされて、少しやっている日々が続いていたわけです。「やんなきゃ」と思って少しやったかもしれませんが、やらされてやっているうちの一部です。
それが、あることをきかっけに「やるぞ」というような特に強い意志改革があったわけでもなく
速やかに行動を始めたのです。
二つ目の説明
二人は確かに行動を始めました、でも二人にしてみれば、休まない、遅刻しない、入試対策講習に参加する。
特別なことではありません。普通の行動です。
普通のことを普通にやっているだけ、勉強は嫌で辛いけどやっているという感じでした。
しかし私達からみればあるきっかけが合った前に比べると格段に行動の質と量が違います。
だから実力はどんどんついていきました。
そしてもうひとつの説明です。
行動を始めた時、二人とも同じようなことを言っていました。
「ラクになった」
二人が経験した「きっかけ」、それが何か、はっきり表した言葉でした。
もう少し説明を続けます。
一つ目は、ドシャームの自己原因性理論、コマ(pawn)と指し手(origin)のお話です。
きっかけになるあることを境に、二人の意識がコマ(pawn)から指し手(origin)に変わったのです。
二つ目は、内発的動機による行動です。
何かを欲してエネルギッシュに行動しているわけではありません。自分の心の中から湧き出た、
ごく自然な欲求に促された行動です。
そしてもうひとつの説明
「ラクになった」
これは、内発的動機による行動を安心してすることができる環境が整ったことを意味していたのだと思います。
さて、ここまでの説明で、二人に起きたあることがどんなことだったのか想像がつきましたでしょうか。
すいません、ちょと用事ができました。続きは次回にします。
今回は以上です。
今回は以上です。
誤字脱字文法誤用お許しください。
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